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開院した理由

「職種が変わるなら、今の仕事を辞めても構わない!」

 

整備職から営業職に異動を言い渡された当時29歳の私は、思い切って前職を辞して整体の道に進みました。

 

退職の意向を伝えた時の両親の顔が、今でも目に浮かびます。

 

 

それでも私は、家族や仲間に助けられ、そして修行先の患者さまに支えられて、今こうして慣れ親しんだ地で整体をしています。

 

このページでは、2013年4月8日に開院するまでの経緯を紹介させていただきます。

前職は自動車関係の仕事をしていました

1994年 自動車整備士を養成する専門学校を卒業後、トヨタオート南海株式会社(現ネッツトヨタ南海)に就職しました。

 

車の整備は肉体労働であるため、重たい物を持った後に腰を痛めるくらいしか、体の不調はありませんでした。

 

しかし、車検を通す業務に携わることになり、書類を書く事務作業が増えてから、首や肩のこり、書類のミスを気にしてか不眠体質になりました。

その後、整備の受付業務であるサービスアドバイザーに異動となってから、慣れない接客業で気を使い、がんばり過ぎたのでしょう。

 

胃の不調・まぶたの痙攣(けいれん)・喉が詰まったような感じ・ふらつき、など体の症状が周期的に入れ替わり、その度に病院を受診していました。

 

ですが....

 

「検査結果では、特におかしいところはありません、胃薬と抗生物質を出しておきます。」

 

「特に異常はありませんね、もっとひどくなってから受診してもらえませんか?」

 

「検査では異常がありませんから、安心してください」

 

このような説明ばかりでした。

 

 

病気ではない安心感のあとに、もっと怖い病気が潜んでいるのでは?という不安を感じていました。

自律神経失調症

しばらく経過しても症状は一向によくならず、なんとかしようと思った私は、抵抗があった心療内科を自らの意思で受診しました。

 

市川さん、これは自律神経失調症ですよ」と言われたことによって、私は「病気だったんだ、これでもう病院めぐりをせず治療に専念できる」と、安心しました。

 

しかしながら、私の症状は治らず、後に不安神経症と診断されることになりました。

 

話せば長くなるので割愛しますが、病院(西洋医学)の限界を感じたのです。

人を治す仕事への憧れ

これまで病院を一番に選択してきた私は、整骨院・鍼灸整骨院・整体・カイロプラクティック・気功・ヒプノセラピーと呼ばれる療法を試しました。

 

これらの先生には、病院の先生とは違ったフレンドリーさがあり、当時の私にすれば心の拠り所でした。

 

ある整骨院の先生が言った言葉を覚えています。

 

私は転職して、この仕事に就いています

 

ここで書くということは、先生の言葉も私が転職するきっかけの一つになっていますね。

人生の転機

忘れもしない29歳の年末、営業職への異動を命じられました。

 

私の仕事の価値観として、父親の働き方があります。

 

父は、住之江区の造船会社に就職し、実力を評価され南米のパラグアイに赴き、現地の方に指導をしていました。

 

帰国後も現場一筋、定年まで勤め上げた職人です。

 

そんな父の影響があるんでしょう。

 

作業着を着た整備士・サービスアドバイザー職から、スーツを着て新車を販売する仕事は絶対にイヤでした。

 

・困っている人のために役立ちたい気持ちが強いこと

・体調を崩したことで手技療法に興味が湧いていること

 

そして、29歳というチャレンジしやすい年齢が決め手となり、約10年勤めてきた会社を退職することにしました。

整体の道へ

2004年、当時は健康・癒しブームで、整体を教えるスクールが数多くありました。

 

退職後すぐに、いくつかのスクールの資料を取りよせて見学に向かいました。

 

比較検討した結果、梅田にある健康療術学院にて、推拿(すいな)と呼ばれる中国発祥の整体を学ぶことにしました。

 

選んだ理由は、中国出身の葉 旋(よう せん)学院長の技術と熱心な指導です。

 

実際に葉先生の推拿を受けると、これまで受けてきたマッサージや指圧などとは比べようがないくらい筋肉がほぐれましたし、何より気持ちい技術でした。

 

葉先生をはじめ講師の先生の人柄もよく、アットホームな雰囲気を感じたところも選んだ理由です。

修行時代 ~困難の日々~

一年間かけて推拿を学び卒業。

 

運よく地元の整形外科のリハビリスタッフとして採用されました。

 

想像はしていましたが、実際の現場は苦難の連続でした。

 

経験・技術・コミュニケーション能力

 

全てにおいて未熟さを痛感し、日々反省でした。

 

正直な話し、患者さまを怒らせてしまったこともございます。

 

その度に先輩方に指導を仰ぎ、時には院長先生に質問をしたり、家族や友だちをモデルとして練習を繰り返してきました。

 

 

・現場が未経験の私を快く受け入れてくださった西口整形外科 院長 西口先生

・相談や練習相手になってくださったリハビリ担当の先輩方

・はじめて担当させていただいた患者さま

・私のリハビリ(整体)を受けてくださった全ての患者さま

・練習相手になってくれた家族や友人

 

みなさんのお陰で、私を育てていただきました。

修行時代 ~独立を意識~

整形外科では約4年間勤め、その後3カ所の整骨院・リラクゼーションサロンで経験を積みました。

 

なぜ、退職を繰り返したのかというと、色々な先生の治療に対する考え方や患者さまとの向き合い方、そして技術を学びたかったからです。

 

どの業界でも、いわれる修行ですね。

 

 

私にとって大きな影響を与えてくださった方が、近藤整骨院 院長 近藤先生でした。

 

先生から学ばせていただいたのは、患者さまが安心されるコミュニケーションの取り方です。

 

また近藤先生は、私の整体(推拿)に大変興味を持ってくださり、独自のメニューを作る機会をいただきました。

 

実際、患者さまからは「こんなに気持ちのいい整体は受けたことない」と好評でした。

 

このように経験を積み、患者さまからの評判が自信につながったことを機に、独立することを決めました。

さかい快福整体堂 開院

2013年4月8日

 

整体を施すことで身体が快復し、その方とその方の快復を願っている方に「福」が訪れますように...という願いを屋号に表しました。

 

私一人の整体院ではありますが、出勤時も帰宅する時も礼にはじまり礼でおわる。

 

困っている方のサポートをする場に感謝することで、いい整体ができると思っています。

 

 

また、開院後も修業時代と変わらず、

 

どうすればもっと早く痛みや症状を楽にできるのか?

 

体も気持ちもスッキリしたと思っていただくためにできることは?

 

を考え、同じ志の仲間と切磋琢磨しながら勉強をつづけています。

転職したことで天職に巡り合う

一年・二年・三年と経験を積んでいくたびに、私はあることを思うようになりました。

 

それは、今の整体と自動車整備時代と、本質的に同じお客さまと向きあっているということです。

 

これは、どういうことなのか?それぞれの仕事内容を整理してみました。

整備

・ 修理受付 
・ヒアリング     

・ 故障診断      

・ 原因説明 

・見積もり  

・ 整備         

・ 作業行程の説明    

・ 予測していないお金  

・ アフターフォロー

整体

・ 整体受付
・ヒアンリング

・ お体のチェック

・ 原因説明

・ 通院ペースのご説明

・ 施術

・ 施術工程の説明

・ 予測していないお金

・ アフターフォロー


ね!ほぼ同じでしょ?

 

やっぱり私は、困っている方のために出来る限り精一杯のサポートをしたい!

 

その想いが強い星の下で、生まれてきたのがよく分かりました。

 

父親のように同じ職種で全うすることはできませんでしたが、職人という意味では貫いていると思います。

 

 

全ての出来事は、自分の人生を豊かにするために与えられたギフトだと思います。

 

どんなことが起きても、自分なりのペースで前向きに進んでいけば、きっと光が見えてくる。

 

そう思っています。

 

これからも自分が生きていく証として、一人でも多くの方の体と心のサポート活動に精進してまいります。

 

 

私事を長々と書き、大変失礼いたしました。

 

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 

元気なあなたの笑顔を喜んでくれる人のためにも、あなたとお会いできる日を、心より楽しみにしています。

さかい快福整体堂

院長 市川 猛

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